育児

2012年1月15日 (日)

ストレス&しつけ

ストレス stress

心身の適応能力に課せられる要求(demand)、およびその要求によって引き起こされる心身の緊張状態を包括的に表す概念。
前者をストレッサー(stressor)、後者をストレス反応(stress response)またはストレイン(strain)とよぶことが多い。

ストレスは、もともと「圧力」「圧迫」や「苦悩」などを意味する言葉だったが、1930年代後半にカナダの生理学者セリエによって、「外界のあらゆる要求によってもたらされる身体の非特異的反応」を表す概念として提唱された。
彼のストレス学説によれば、生体に与えられた有害刺激は、副腎皮質の肥大、胸腺・脾臓・リンパ節の萎縮、胃と十二指腸の出血や潰瘍に代表されるような、さまざまな刺激に対して共通の(非特異的な)生理学的変化を引き起こす。
このような変化は汎適応症候群とよばれており、ストレスとはそれが生じている状態をさすものと考えられている。

1960年代後半になると、生活環境の変化や生活上の出来事と心身の疾患との関連性について検討した生活ストレス(life stress)研究を契機として、ストレスに関わる心理社会的要因を明らかにしようとする研究が盛んに行われるようになった。
ホームズとレイは、生活上の重大な出来事(stressful life event)によって引き起こされた生活様式の変化に再適応するまでの労力が心身の健康状態に影響を及ぼすという考え方に基づいて、社会的再適応評定尺度(social readjustment rating scale)を作成し、個人のストレス・レベルを測定しようとした。
この尺度は、生活上何らかの変化をもたらす出来事が記述された43の項目からなり、各項目には出来事の重大さに応じて重みづけ得点(life change unit;LCU)が与えられている。
過去1年間のLCUの合計が一定の基準を超えると心身疾患に罹患する可能性が高まることが報告されているが、出来事の重大さの評価の個人差が反映されていないこと、LCUと心身疾患との間に必ずしも高い相関が認められないことなどの問題点も指摘されている。

これに対して、ラザラスとフォルクマンは、環境からの要求に対する認知的評価(cognitive appraisal)やコーピングという個人的変数を導入し、環境と個人との相互作用を強調する心理的ストレス・モデルを提唱した。
個人が環境からの要求に直面した場合、それがその個人にとって重要な関わりをもち、害や脅威、対処努力をもたらすものであると評価されると(一時的評価)、ネガティブな情動(抑うつ、不安怒り、いらいらなど)が喚起される。
また、その要求をコントロールできるか否かの評価(二次的評価)が情動の種類や強度を規定する。
つまり、環境からの要求そのものが直接ストレス反応を引き起こすのではなく、要求の有害性やコントロール不可能性の評価がなされることによってはじめてその要求はストレッサーとなり、情動的ストレス反応を引き起こすものとなる。
こうした評価を経て喚起された情動的反応は、それを低減することを目的とした行動を動機づける。
そのようなあらゆる行動はコーピングとよばれている。
コーピングが環境からの要求に対する有害性の評価を低減するように作用すればストレス状態は緩和されるが、そうでない場合にはストレス状態は慢性的に持続して、生理的ストレス反応や認知・行動的ストレス反応をもたらし、心身の健康を損なう可能性を高める。
このような考え方は、心理的ストレス研究に大きな影響を及ぼし、現在では最も広く受け入れられているものとなっている。

要するに、日常生活で心や体になんらかの変化を起こすすべてのことがストレスなのだが、実は善玉悪玉に分けられるということ。
善玉は良いストレスで、例えばプレゼンなどは適度な緊張感がやる気が向上心をアップさせ、エネルギーを与えてくれる。
だから、ストレスがないと人間は成長しないし、生きていくうえで必要なものなのだ。

かといって、人間関係のトラブルといった悪玉ストレスを発散できないでいると、うつ病や不眠症の原因になるばかりか糖尿病などの生活習慣病にも関係する。

そうならないためには、「思考パターン」を自覚すること!
ストレスをためやすい思考パターンは5つに分けられ、対処法もそれぞれ。
例えば、物事を極端に悪い方へと解釈しがちな「大げさ世界沈没型」は、自分がダメと思いこまずに失敗したなかでも得られたことは何か、と考えを改めるのが効果的。

しつけ discipline

大人から子どもに対してなされる、その社会で必要な習慣的行動やものの考え方などについての指導や訓練を、一般にしつけという。
社会化とほぼ同義に使用されることもあるが、社会化が無意識的なものも含めて社会との相互作用を通してなされる子どもの発達の過程全般をさしているのに対して、しつけは意図的な指導・訓練をさすことが多い。
しつけのおもな方法として教化と感化があげられる。
教化とは直接的指示による指導である。
「望ましくない行為」「望ましい行為」をその理由をあげながら言語的に教えていく方法。
教化によるしつけの過程では賞罰を用いることもしばしば。
感化とは同一視模倣の規制を用いる方法である。
しつける側の行動がモデルとなって、しつけられる側はその行動を自己のうちに取り入れ、行動の規範として内面化していく。
この場合も、しつける側としつけられる側の信頼関係がきわめて重要になる。

小中一貫校や学校選択制など独自の教育制度を取り入れる品川区では、2006年4月以降、市民科なる科目を導入しているらしい。
多発する自殺、なくならないいじめ、学級崩壊、不登校、ニート…子供たちの抱える問題の原因が、家庭や社会がなすべきしつけ人間性の形成を果たせなくなったことにあると見て、設置された科目。
社会の中で生きるための基本的な規範や資質・能力を養うことを目的としていて、その教科書「小中一貫教育 市民科セット」は大人が読んでも実に興味深い内容なんだとか。

たとえば、3・4年生の教科書。
「言葉でしか相手に伝わらないことがある」
「あたたかい言葉をつかって生活していこう」など、改めていわれるとハッとさせられる。
5・6・7年生向けの教科書では、公共の場でのマナーやエチケット、善悪の判断、ストレスの解消法など、大人にも学んでほしいと思うような内容。
また8・9年生では「相手を説得する話し方」「企画力と実行力」「自己実現を図る生き方」「自己実現を図る生き方」など。これは…ビジネス書!?

挨拶の大切さや人権といった道徳の時間に習ったようなことから、インターネットや携帯電話の使いこなし方といった現代的なコンテンツまで幅広く社会のことを網羅しているようで、これは一度ぜひ読んでみたい!

私が小学生の頃にこんな科目があったらなぁ。←小6の時に胃炎になった私(笑)
小学生の頃の道徳の時間といえば、進度が遅れている他の科目の補充にあてられて、
ロクに教科書を開いた覚えがないな。
そもそも教科書も一人ひとりに配布されるものじゃなくて、一時的な貸し出しだったし。
こんな状況じゃ、せっかく教科書があっても教えられる教員がいなかったのかもね。
でも、たまーに開く道徳の教科書は、なかなか読み応えがあったなと、子供ながらに思っていたよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)